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「なんだかなあ」

その言葉で、直人は店員の去って行く後姿を追っていた視線を前に戻す。

少し食事をするには心もとない円形の小さなテーブル越しに、切れ長な目をさらに細め怪訝そうな亜紀の視線とぶつかる。

こういう彼女の何かを悟ったような言動に、いちいち反応することもなく、ようやく慣れてきた直人であったが、やはり気持ち良いものではない。

「なに?」と、咄嗟に言葉がでてしまう。

言ってしまった後、すぐに後悔する。

「だってさ、直人のそれって弱いんだもん」とまた亜紀特有の遠回りな言い回しで話し始める。

亜紀が言うにはこういうことなのだ。

直人たちは最初、4人がけのテーブルについた。特に店内は混んでいたわけでもなく、店員も特に案内もせず、何も言われなかったからだ。

メニューを選んでいる間に一組、二組と入ってきて気づくと店内はカウンターと今、直人たちが座っている二人がけの小さなテーブル席しか空いていない状況になっていた。

そこにまだ幼稚園に行っているかいないかの小さな男の子を連れた夫婦が入ってきた。なんとなく直人はその様子を伺っていた。カウンターは空いてはいるが、小さな子供連れには少し窮屈そうに見えたし、二人がけの席も子供用の椅子を置いたとしても、荷物が多い家族には辛そうだった。

案内しようとした店員も少し困ったような表情で店内を見回している。なんとなく、どちらともどうしていいのか分からない状態のように見えた。

直人はとっさにその時、店員に席を替わるように言っていた。

その直人の行動が、亜紀に言わせれば「弱い」のだ。

「優しいってさ、強い優しさと弱い優しさがあると思うの」

亜紀はとても重要な発言を自分はしているのだというよう勢いで直人に向かってくる。

「優しさに強弱でもあるの?」と直人はとぼけてみせる。

そこでまた、亜紀は勢い増し続けてくる。

優しさが弱いのは本当の優しさではない。それは多分、人に向けた優しさのようで本当は自分に向けたものだと。

亜紀が言わんとすることは分からないでもない。

ただ、直人はあの時、「よい人に見られたいだとか、大きなテーブルに座っている自分が居心地が悪いから」というのは確かにあったのかもしれないが、それよりも立ち尽くしている店員とその家族がいたたまれなくなったからなのだ。

ただそれだけだったはずだと思う。

「分かる?直人のそれは多分、自分に向けた優しさなんだよ」と亜紀は言葉を閉める。

直人を攻めているわけではないのは分かっているが、きちんとそういうことを理解しなさいと諭すような亜紀の口調に、直人は慣れたと思っていたが、そうではない自分がいることにまた気づく。

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弱いだとか、強いだとか、そんなことはどうでもいいんじゃないかと、随分と待たされて運ばれてきたパスタを口に運びながら直人は思う。

どこに向けられて発した優しさだろうが、受け取った側がそれを「優しさ」だと思えば、それはもう完全な「優しさ」のはずだ。

自分がどうこうできるわけではないのだ、ただ相手に委ねるしかない。

小さなテーブルなので、目の前で熱そうなスープパスタに悪戦苦闘している亜紀の顔がやたら近く、その食べている顔が可笑しく思えて直人は少し笑ってしまった。

そしてまた、そんな直人の表情が視界に入ったらしく、「何、笑ってるの、気持ち悪いわよ」と亜紀が睨みながら言ってくる。

「優しく微笑んでだろ、優しく」と直人はわざとらしく強く言ってみる。

「何それ、やっぱり弱いじゃなくて直人のは気持ち悪いだね」と亜紀が微笑む。

自分を守るものだろうと、弱かろうと、気持ち悪い優しさだろうと、亜紀にはどう受け取られようといいのだと直人は思う。

亜紀の後ろのテーブルでさっきの家族が楽しげに食事をしている。


それでいいのだと。